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2017年7月17日 (月)

おんたけ 100マイルへ

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今年も参加してきました。

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(車を売りましたのでレンタカー。懐かしいプリウス)
去年は100kmでしたが、今年は100 mileへ。
UTMBに向けて練習もかねてです。
100 mileに参加するためには100kmの大会で14時間を切ることが条件となっており、昨年11時間台でしたので必要条件はそろいました。

このレースはなかなか有名な大会で、国内レースの難易度ランキングでも3位となっています。
https://matome.naver.jp/odai/2138132366791958001

しかしこのレースの大変さは、延々と続く林道を走ることでメンタルがやられること(しかも日中は30度を超える暑さ)と、160kmを24時間以内で完走しなければならないことかと思います。
通常の100マイルレースは制限時間が46-48時間あたりの事が多く、途中で少し休憩を入れたり、平地で歩いても完走は可能ですが、おんたけでは、平地と下りは走らないといけません。一方、おんたけはコースが林道なので、四つん這いで這いつくばりながら登ったりしないといけない激しいトレランに比べるとかなり楽ではあります。

さて、このおんたけですが、夜8時スタートですから途中で眠くなります(そういう意味では、UTMBは夕方6時スタートなので夜を二回越えないといけないので、過酷さは計り知れません)。
林道とは言え、石や小岩がごろごろしているので足をつまずいたりひねることは常で、決して走りやすいわけでもなく、なかなか辛い。

さて、今回のレースですが、走り始めて1時間も経たないうちにヘッドライトが故障して全く付かなくなってしまいました。予備の充電池に変えてもだめで、そこから日が空けるまでの8時間は最悪でした。明かりのない状態で真っ暗闇の中を走ることは不可能で、躓きながら歩いたり、あるいは、僕を追い越していく人の後ろをしばらく付いていくことを試みましたが、なかなか大変でした。まえのランナーの明かりで照らす道路の状況を記憶しながら走るのですが、記憶が少しでもずれると足をひねります。ということで1時間ほどは絶望の中でレースを続けました。

その後、運良く非常に親切な青木さんという方に出会え、彼が僕にもある程度道がわかるようにライトを照らしてくれて併走させてくれました。
約6時間ほど一緒に走りました。

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日が明けてからはお礼を伝えてギアを入れようとしたのですが、暗闇の中でおっかなびっくりの走行をし続けたために、足が既にふらふらになっていて、力が入らず。

制限時間となっている関門の通過時間も第一、第二、第三関門共に1時間ほどしか余裕がなく、このままいくと完走も厳しいかも、と厳しい状況でした。

ただ、第三関門のエイドステーションでは預けていた荷物を引き取ることができて、予備のヘッドランプに取り替え、またひねったときに痛めた腰に湿布をはったり、また足の裏の豆をつぶして痛みを軽減させたりすることで残り50kmを乗り切るための状況を整えることができました。
さらにしっかりジェルもとってカロリー補給も行いました(今回のレースでは大体13000kCalほど余分に消費します)。

100マイルレースには200人ほど参加していて第三関門では50位くらいでしたが、そこから20位まで順位を上げてフィニッシュ。

走り終わったらヒルが足に付いているし、いろいろな草にかぶれて足や腕がかゆいし、また腰やまめも痛くて散々ですが、後半しっかり走れたことはいい収穫でした。


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100マイルは夜8時、100キロは夜12時にスタートなので、それまで選手は色々なところで仮眠します。

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僕は車内で仮眠を2時間ほど取りました。

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ほぼ100%の選手がトレラン用のザックを背負うのですが、僕はウェストポーチ派。トレラン専用のポーチで、背部に雨具などいろいろと入り、十分対応可能です。
大体、水分1L、エナジージェル8-10本、救急セット、サバイバルシート、ティッシュ、熊鈴、ホイッスル、雨具、インナーのシャツ、アームウォーマー、iphone、ヘッドライト、ちょっとした食料(羊羹など)、水を溶かすために栄養ドリンクの粉末、などを入れています。それでも他の人よりは圧倒的に軽装です。その日の天気などを想定して必要最低限のものを絞り込みます。経験がある程度増えてくると大きな失敗もなくなってきます。

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100マイルの開始前。選手は基本的に野性的な人が多いです。一方、僕のような文化系っぽい人も見かけます(ただし10%以下)。

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記念撮影。

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幻想的な景色なのですが写真にするとさっぱり。

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走り終わった後は、中津川の温泉へ。ただし、50kmほどはなれているので運転の途中眠くなって仮眠所で30分ほど寝たりしてました。
いいお湯でした。そのあと、マッサージもうけました。本当はもうお開きのじかんだったのですが、親切なおばちゃんが快く受け入れてくれ、助かりました。

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岐阜では僕はウナギがおいしいと思っています。
さらに、そばとついでに味噌カツ丼も。

帰りに高速道路のSAでまたも仮眠。
京都に着いたのは夜中の2時近くになってしまってました。
安全運転してなんぼなので、しかたないです。

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順番が随分前後しますが、第三関門まで足がふらふらになっているところ同じマイルの女子選手がいて、しばらく併走しました。すでにUTMBとUTMF(こちらは富士山の方)を二回ずつ完走しているつわもの。彼女はこれまで一度もDNF(完走できないということdid not finish)が一度もないそうです。凄いの一言。毎回マイルの方は女子で完走できるのは大体3名以内なので、彼女がこのまま完走すれば入賞です。どうなったのかな。。。

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日医ジョガーズの中村先生と。先日トレランの医療ボランティアをしているときに山中から重体の選手を搬送中に崖から落ちて肋骨に日々が入ったままで今回のおんたけを完走されてました。これまた凄い。ちなみにゼッケンの色が青地に白抜きがマイルで、青字が100キロの選手です。コース中何度か同じルートを走るので、マイルにエントリーしている選手は強がってガンバって走ります。

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第三関門のエイドステーションにてこれまた日医ジョガーズの箱田先生に撮影してもらいました。トレラン好きの医者って結構多いんです。
ちなみここで、日差しを避けられる帽子に変更し、まめができにくくなる靴下にも変更。ここからガンバって6時間ほどぶっ飛ばして走り続けました。

ただ、100マイルレースは今度のUTMBで一旦終了にしようと思います。体や精神面での負担が大きいし、それに、時間が長くかかるので、いろいろな意味でのロスが大きすぎます(それにほぼ毎回レースのあとに軽い感冒様の症状がでます。抗ウイルス免疫ががた落ちするのだと思いますが、これって抗癌作用も落ちるのではないかと思います)。
国内屈指のレースで20位までいければ、50に手が届くおっさんとしては十二分に満足な成績です。

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